2025年11月10日
5分

AIは人の仕事を奪うのか、それとも人の役割を変えるのか

5分
更新日: 2025年11月10日

昨今のAIの普及と成長により、ビジネスシーンが大きな変革を遂げている一方、「AIに人の仕事が奪われるのではないか」という懸念の声も耳にするようになりました。

実際、米国では既に労働者の相当数がAIによって職を失う一方で、AI関連職種は急速に拡大し、AIスキルを持つ人材は大幅な賃金上昇を享受しています。
破壊と創造が同時進行する労働市場で、今、何が起きているのでしょうか。

1. AI時代における雇用の現実

700人がAIに置き換わった会社

スウェーデンのフィンテック企業Klarnaは、AIで700人分のカスタマーサービス業務を自動化し、従業員を40%削減しました【1】

Salesforceは2025年9月に4000人のサポート職を削減しています。
AIエージェント「Agentforce」が業務の半分をこなせるようになったからです【2】

日本も例外ではありません。

富国生命保険はIBMの「ワトソン」を導入し、査定業務の担当者34人を削減しました【3】。損保ジャパンは国内従業員の15%にあたる約4,000人の削減を進めています【4】

「静かな解雇」が進行中

さらに深刻なのは、直接解雇よりも「採用凍結」が主流になっている点です。

MicrosoftのCEOは「コードの30%がAIによって生成されている」と発言しています。また実態として、ビッグテックの新卒エンジニア採用は25%減少しています【5】

米IBMのCEOも「バックオフィス業務の30%はAIに代替できる」として、約7,800人分の採用を停止しました【6】

表面的には静かですが、このように雇用市場は確実に縮小しています。


2. 人間の役割は消えていない

GitHub Copilotが変えた開発者の仕事

ここで重要な視点があります。
AIは人間を「置き換える」のではなく、人間の能力を「拡張」しています。

MicrosoftのGitHub Copilotを使った開発者は、タスクを55.8%速く完了し、大幅な生産性の向上を実感しています【7】

開発者は単純なコード記述から解放され、問題解決や協働、イノベーションに時間を使えるようになりました。

AIには「人間の感情」がわからない

AIの普及と成長により、多くの業務が代替できるようになりましたが、それでも依然として人間の判断は不可欠です。

AIは高度な分析や問題検出ができます。しかし、人間の「怒り」や「戸惑い」といった複雑な感情に寄り添うことはできません。ここに、人間の価値があります。

求められるスキルは変わった

世界経済フォーラムの「雇用の未来報告書2025」によると、「雇用主は、雇用市場で必要とされる主要なスキルの39%が2030年までに変化すると予測している」と記載されています【8】

技術スキルとして需要が高まるのは、

  • AIとビッグデータ
  • ネットワークとサイバーセキュリティ
  • テクノロジーリテラシー

同時に、ヒューマンスキルの重要性も増しています。

  • 創造的思考
  • レジリエンス
  • 柔軟性
  • 生涯学習
  • リーダーシップ

特に注目すべきは EQ(感情的知性)の重要性です。

EQとは「感情をうまく管理し、利用できる能力」のことで、自分と他者の感情を認識し、コントロールし、理解する力を指します。

世界経済フォーラムの2020年ダボス会議では「2025年に必要なスキルトップ15」の11位にEQがランクインしました【9】

2016年の研究によると、効果的なチームワークを予測する上で、高いEQは高いIQよりも正確な予測因子とされています【10】。AIがデータ処理や論理的分析を担う時代だからこそ、人間同士の関係構築やチームワーク促進における感情知能が、より一層重要になっているのです。

AIをうまく業務に落とし込めている企業は、AIができること・できないことを理解しています。共感や積極的傾聴といった人間中心のスキルこそが、差別化要因になると認識しています。


3. 新しい仕事が生まれている

年収3000万円の「プロンプトエンジニア」

AI時代には、完全に新しい職種が誕生しています。

プロンプトエンジニアは、AIに適切な指示を出す専門職です。

米国では、プロンプトエンジニアの求人に年収33.5万ドル(約4500万円)を提示する企業が現れ話題になりました。また、LinkedInでは「generative AI」を含む投稿が前年比36倍に増加したとのデータも出ています【11】

他にも、AI倫理オフィサー、AI統合スペシャリスト、会話デザイナー、MLOpsエンジニアなど、多様な新職種が生まれています。

AI関連職は25%増加

米国のAI関連職種は2025年第1四半期に前年比25.2%増加しました。AI/機械学習エンジニアは41.8%増、データサイエンティストは10%増です【12】

また、AI関連職の中央値年収は156,998ドル(約2200万円)で、平均給与上昇率は年間15%12】【13】。PwCの調査では、AIスキルを持つ労働者の賃金プレミアムは56%に達しています【14】

産業別の明暗

AIの活用により伸びている分野があります。

ヘルスケアではAI専門家の求人が2020年以降40%増加しました【13】。グリーンエネルギー分野では、太陽光発電設備技師が22%成長、風力タービン技師が44%成長すると予測されています【15】

一方、縮小する産業もあります。製造業では2030年に組立ライン雇用が100万人に半減します。金融業界では、基本業務の70%が自動化され、ウォール街で20万人の削減が予測されています【16】

また、世界経済フォーラムによれば、一般事務職や銀行窓口係、データ入力係は衰退します。逆に、AI/機械学習スペシャリストは40%増、データ分析専門職は30〜35%増で、これらで260万人分の新規雇用が生まれます【17】

結局、雇用は増えるのか減るのか

世界経済フォーラムの予測は興味深いものです。

2030年までに1億7000万の新規雇用が創出され、9200万の雇用が失われます。差し引きで約7800万の雇用が純増する計算です【18】。短期的には混乱がありますが、長期的には雇用全体が拡大する可能性が高いと言えます。

4. 専門家の見解は?

「AIが与える影響は穏やかである」

2024年ノーベル経済学賞を受賞したMITのダロン・アセモグルは慎重です。

アセモグル氏は、AIが与える経済への影響を以下のように予測しています。

「今後10年間で、AIは今後10年間でGDPを1.1〜1.6%の「緩やかな増加」をもたらし、生産性は年間約0.05%向上する」

Daron Acemoglu: What do we know about the economics of AI?
Daron Acemoglu: What do we know about the economics of AI? | MIT Economics

また、AIの活用方法が自動化に偏りすぎており、労働者を支援する方向に十分使われていないと警告しています。

「50%の仕事が変わる」

一方、スタンフォード大学のエリック・ブリニョルフソンは楽観派です。

新しい雇用が創出され、古い雇用は常に自動化されているとしたうえで、

「そして、それは今後10年以内に起こるでしょう」
「既存の仕事の50%以上が大幅に変更されたり、廃止されたりしても驚かない。そして、同時にさらに50%の新規雇用が創出されることを願っています。」

New Interviews: Erik Brynjolfsson Speaks Out on Jobs and AI
New Interviews: Erik Brynjolfsson Speaks Out on Jobs and AI - MIT Initiative on the Digital Economy

との意見を述べています。

国際機関の見解

国際労働機関(ILO)によれば、世界の雇用の25%が生成AIに影響を受ける可能性を示唆しています。
ただし、「完全な業務の自動化は依然として限られており、仕事の変革が最も可能性が高い」とも指摘しています【19】

OECDも、平均27%の仕事が自動化の高リスクに直面するとしつつ、「AIは仕事全体ではなく特定のタスクに影響する」と強調しています【20】【21】

CEOの半数は「AIで人を減らす」

企業リーダーの見解は厳しいものです。

2024年のConference Board調査では、50%のCEOが「AIが労働力を置き換える」と考えています【22】。多くの取締役会がCEOに「20%の人件費を削減し、AIで置き換えろ」と促しているのが現実です【23】


5. 日本における現状

AI人材が12.4万人不足

日本におけるAI活用の現状は深刻です。

経済産業省によれば、2030年にAIに関する知識・技術を持つ人材が、最大12.4万人不足するとされています【24】。また、大和総研の分析では、日本の就業者の20.9%がAIに代替される可能性が高い職業に就いているとされています【25】

政府の方針:イノベーションとリスク対応の両立

日本政府も本格的に動き出しています。

総務省・経済産業省が2024年4月に策定した「AI事業者ガイドライン」では、AIのリスクを認識しつつも、こう明記しています。

リスクの存在を理由として直ちにAIの開発・提供・利用を妨げるものではない。リスクを認識し、リスクの許容性及び便益とのバランスを検討したうえで、積極的にAIの開発・提供・利用を行うことを通じて、競争力の強化、価値の創出、ひいてはイノベーションに繋げることが期待される」【39】

総務省・経済産業省(2024)「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/html/nd141100.html

さらに2025年6月には「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(AI推進法)が成立しました。この法律により、内閣にAI戦略本部が設置され、AI基本計画が策定されることになります。

総務省の「令和7年版情報通信白書」でも、以下のように強調しています。

「我が国は、技術・産業・利用面において、世界のAI先進国に遅れを取っている状況」と指摘し、「AIによるイノベーション促進とリスク対応を同時に進めるとともに、AI技術の推進、AIを活用した産業の進展、社会生活におけるAI活用などの一層の推進が必要」

【41】総務省(2025)「令和7年版情報通信白書(概要)」
https://www.soumu.go.jp/main_content/001019264.pdf

つまり日本政府は、AIを使わないことによる競争力低下のリスクを強く認識しており、リスク管理をしながらも積極的なAI活用を推進する方針を明確にしているのです。


最後に

AIは雇用を完全に破壊する存在ではありません。失われる仕事がある一方で、新たな雇用が創出され、長期的には雇用全体が拡大する可能性が示されています。

この移行期間をどう乗り切るかが重要です。
日本のAI導入率は主要国平均を大きく下回っており、生産性向上と競争力維持のため、AI活用の加速が不可欠です。企業は従業員のリスキリングに本格的に投資し、労働者は継続的な学習とスキルアップに取り組む必要があります。

AIスキルと同時に、感情知能や対人能力といった人間ならではの強みが、これまで以上に重要になっています。AIを恐れるのではなく、AIと協働しながら人間の価値を発揮できる環境を整えること。それこそが、この変革期を生き抜く鍵となります。

もしお読みいただいた方の中で、AIを活用した業務効率化や社内のDX推進、従業員のリスキリングについてお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。

参考文献

【1】AI taking white-collar jobs. Economists warn 'much more in the tank'
【2】Firms are blaming AI for job cuts. Critics say it’s a 'good excuse'
【3】テレビ朝日(2017)「AI導入で従業員34人削減へ 富国生命が査定を代替」
【4】損保ジャパンも4,000人削減…IT化、内需縮小で金融業界の未来は?|TOKYO MX+(プラス)
【5】AI Job Displacement 2025: Which Jobs Are At Risk?
【6】IBM to pause hiring in plan to replace 7,800 jobs with AI, Bloomberg reports | Reuters
【7】 Study Reveals GitHub Copilot Improves Developer Productivity by 55.8% – Be on the Right Side of Change
【8】Future of Jobs Report 2025: The jobs of the future – and the skills you need to get them | World Economic Forum
【9】AI時代にこそ求められる「心の知能指数」EQとは?
【10】EQ (心の知能指数) とは?効果とメリット、職場で高める 9 つの方法
【11】プロンプト・エンジニアとは何か?年収4,000万円超え、AI普及で登場した新職種の本質
【12】Must work well with ChatGPT: Employers are posting more jobs involving AI tools
【13】Growth in AI Job Postings Over Time: 2025 Statistics and Data
【14】AI Jobs Barometer | PwC
【15】59 AI Job Statistics: Future of U.S. Jobs | National University
【16】73 AI Job Replacement Statistics (2025 Reports & Data)
【17】AIにより失われる仕事と、新たに生まれる仕事 | 世界経済フォーラム
【18】Future of Jobs Report 2025: The jobs of the future – and the skills you need to get them | World Economic Forum
【19】One in four jobs at risk of being transformed by GenAI, new ILO–NASK Global Index shows | International Labour Organization
【20】CCESI NEWS | OECD: 27% of jobs at high risk from AI
【21】Using AI in the workplace (EN)
【22】Study: Half of CEOs Say They May Replace Jobs With AI
【23】Company boards push CEOs to replace IT workers with AI | CIO
【24】IT人材需給に関する調査
【25】生成AIが描く日本の職業の 明暗とその対応策

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